北朝石窟寺院の研究

班長 岡村 秀典 

中国山西省大同市に所在する雲岡石窟は、北魏時代の460年ごろに都平城の西郊で開鑿のはじまった仏教寺院である。中国最初の大規模な石窟で、大小140あまりの石窟が東西1kmにわたってひろがっている。本研究所の前身である東方文化研究所は1938~1944年の7次にわたってこれを悉皆調査し、記録にとどめた写真・実測図・拓本などは数万点におよぶ。その調査報告書である水野清一・長廣敏雄『雲岡石窟』全16巻32冊(1951-56年)は、いまなお中国の初期仏教文化を考えるバイブルとして評価されているが、出版から半世紀あまりたち、その後の研究成果をふまえて再検討する必要がでてきたため、本研究所と中国社会科学院考古研究所との共同編集により『雲岡石窟』中国語版と旧版未収録の写真・拓本類を集めた『雲岡石窟』別巻の公刊が計画されるにいたった。これを遂行するため、当研究班では、写真・拓本類の整理を進めるとともに、中国南北朝時代の仏教寺院にかんする総合的な共同研究を推進しようとするものである。

班員
安岡孝一、稲本泰生