龍門北朝窟の造像と造像記

班長 稲本 泰生

龍門石窟は東アジアで最も重要な仏教遺跡の一つである。本研究所東方学研究部の前身である東方文化研究所の水野清一・長廣敏雄は戦前に調査研究を行い、報告書『龍門石窟の研究』(1941年)を出版した。のちに『雲岡石窟』を出版する両人による同書は、今日も基礎研究としての価値を失っていない。また龍門には夥しい数の造像記が遺っており、これについての研究も、清代以来の膨大な蓄積がある。

水野・長廣が実施した現地調査は、僅か6日間にとどまった。このため多くの課題が後考に委ねられたが、戦後の中国における考古学の発展は、文字史料を造形資料から切り離すことなく相互に参照する研究を可能にし、新たな知見をもたらした。しかし北魏窟に限っても、開鑿の主体と過程、主要造像の編年など基本的なところで、今なお論者の見解が大きく分かれる部分が少なからずある。

最近、龍門造像記の拓本多数が、所内で新たに確認されるに至った。本研究では研究所における石窟研究の伝統を継承し、北朝期の龍門における造像とその背景について、現在整理中であるこの資料群を活用して再考する。活動の中心に据えるのは造像記の文面の再確認と、内容の理解である。そこから得られる情報をもとに、石窟の造営経過や彫刻の様式・図像などの問題に対し、美術・考古・歴史・宗教・社会等の観点から総合的な検討を加え、今後の龍門研究の基盤となる共通認識の形成をめざす。

班員
岡村 秀典・安岡 孝一