研究の目的

既存の宗教史研究の「近代主義的」なバイアスを解きほぐし、それによって不可視化されていた事象に光を当て、新たな日本宗教史像を構築していくこと

近年、日本宗教史の研究は新たなステージを迎えている。近代仏教史を例に挙げれば、従来の研究が更新されつつある。長年、この分野を牽引してきた吉田久一、柏原祐泉、池田英俊らの研究に多大な実証的成果を認める一方、宗教史的事実の位置付けに一定の「偏向」があることも徐々に明らかとなってきた。

たとえば、神智学協会会長・オルコットの来日(明治22年)という出来事の宗教史的意義が検討されることはまれだった。しかし実際には、来日したオルコットは各地で大歓迎され、一種の仏教リバイバルを引き起こした。ここに、「神智学」のオカルティズムに対する近代仏教研究側の予見があったことは認めざるを得ない。すなわち、近代主義的な「宗教」観に基づく事例の取捨選択が強固に作用していたのである。

こうした既存の宗教史研究の「近代主義的」なバイアスを解きほぐし、それによって不可視化されていた事象に光を当て、新たな日本宗教史像を構築していくことが、本研究の目的である。


研究の意義

日本宗教史像の思想史的・社会史的再検討と実証的宗教史研究とを架橋し、その生産的対話の場を構築すること

従来提出されてきた日本宗教史像は、近代主義的な「宗教」概念、「一国史観」に自足した歴史叙述、「宗派」により分断された研究活動等々、いくつもの制約を免れなかった。こうした制約を真正面から見据え、その制約がもたらした限界を正しく認識し、その限界を克服する新たな方途を模索することが求められている。

そのために取り組むべき第一の課題は、既存の日本宗教史像を支えてきた諸研究の時代的制約を徹底的にあぶり出す作業である。いわゆる学説史を一歩進め、学問の思想史ないし学問の社会史というべきアプローチである。一方、日本宗教史について宗教学、歴史学、社会学、民俗学など、さまざまな実証的研究を行っている側から、既存の宗教史像の視角や欠落を指摘していく作業も不可欠である。

こうした日本宗教史像の思想史的・社会史的再検討と実証的宗教史研究とを架橋し、その生産的対話の場を構築することが、本研究の意義である。


期待される成果

分野横断的、かつ、トランスナショナルな視点から進めることによって、「宗派史」的分断や「一国史」的分断を克服し、日本宗教史像を総合的・包括的に展望する視野を構築すること

本研究は、上記のような日本宗教史像の思想史的・社会史的再検討、あるいは、さまざまなフィールドで実証的に宗教史像の更新を試みてきた研究者たちの力を統合することにより、日本宗教史像を再構築していく試みである。具体的には、日本宗教史研究の有力な研究対象である「仏教」、その周辺に派生する「新宗教」、そうした宗教実践に基層的に作用する「民間信仰」といった対象を中心に、既存の研究史の批判的再検討と、現在の実証水準からの問題提起を進める。その上で、近代日本の異形性を過剰に投影された「国家神道」、近代主義的な宗教性を過剰に期待された「キリスト教」をめぐる最前線の知見との再統合を試みる予定である。

こうした作業を分野横断的、かつ、トランスナショナルな視点から進めることによって、「宗派史」的分断や「一国史」的分断を克服し、日本宗教史像を総合的・包括的に展望する視野を構築することが、本研究に期待される成果である。