Posted カテゴリ 活動記録.

日時:2015年10月17日(土)午後1時30分~午後5時

場所:京都大学人文科学研究所1Fセミナー室1

 

プログラム:

13:30-13:40 菊地暁(京都大学)「趣旨説明」
13:40-14:25 佐藤守弘(京都精華大学)「複数性と一点性-遺影写真のコミュニケーション-」
14:25-15:10 浜野志保(千葉工業大学)「心霊写真と筆跡学」
(休憩)
15:30-15:40 橋本一径(早稲田大学)コメント1
15:40-15:50 飯倉義之(國學院大学)コメント2
15:50-16:00 吉永進一(舞鶴工業専門学校)コメント3
16:00-1700 ディスカッション

趣旨説明: 

「宗教とメディア」という問題設定は、「宗教」研究にとって決定的に重要である。というのも、「メディアmedia」という語が「霊媒medium」の複数形であることからも明らかなとおり、メディアとは神託等の「聖なるもの」を人々に結びつける働きそのものであり、それは「宗教」と同義といっても過言ではないからだ。じじつ、中国の漢字が卜占の記録に起源すること、日本の印刷が百万塔陀羅尼に始まること、等々、「宗教とメディア」を結びつける事例は枚挙にいとまがない。

では、「近代modern」という契機は、「宗教とメディア」の結びつきにいかなる変容を迫ったのか。この問題を、近代を代表する視覚技術の一つである「写真photography」を手がかりに考えてみたい。複製技術の登場が作品固有の「アウラaura」を解体させたというベンヤミンのテーゼは、近代における宗教の世俗化を、一定程度、説明するように思える。とはいえ、複製技術を通じた「聖なるもの」の大衆化が、「聖なるもの」と人々のあいだに新たな関係を創出していったことも見逃せない。神仏、死者、霊魂、超常現象……さまざまな「世俗外」存在が「写真」を通じて人々の眼前に現れるようになったことは、「宗教」の「近代」にとって間違いなく重要な出来事のはずだ。

こうした、従来あまり議論されてこなかった「写真」という複製技術のもつ宗教的含意を、写真/視覚文化研究の成果に学びつつ考えていくことが、本ワークショップの課題である。