|
特別企画! サイエンス・ライター 森山和道氏による「ゲノムひろばレポート」
|
当研究室は,科学コミュニケーション活動の実践の一つとして「ゲノムひろば」というイベントの企画・運営に深く関わっています.「ゲノムひろば」とは,ゲノム研究に携わる研究者*が開催したイベントで,市街のイベントビルなどを会場に,研究者による講演やパネルディスカッションに加えて,ポスター・実験器具・生きものなどを展示して自分達が行っている研究を一般市民に紹介する,いわば「街中で行う研究室公開」を目指したものです.また,研究者と市民が直接交流することにより,現在進行中の研究に対して一般の人がどのような見方をしているかを,研究者自身が直接知る機会となることも期待されました.今年2回目となる「ゲノムひろば」には,11月の土・日を使って福岡,京都,東京の順に開催され,約3,500名の来場者がありました.
このイベントが,来場者の目にはどう映ったのか.当研究室では来場者アンケートの分析なども行っていますが,今回はサイエンス・ライターとしてご活躍の森山和道氏に,東京会場の取材を依頼しました.森山氏はwebや雑誌を中心に科学者へのインタビューやコラムを執筆され,イベントの取材記事も多数発表されています.多くのイベントを見てこられた森山氏は,「ゲノムひろば」をどう評価したのか.主催者側には耳の痛い,辛口のシビア・レビューをご寄稿いただきました.「ゲノムひろば」に参加・来場された方はもちろん,研究者の行う科学コミュニケーションに興味の有る方は是非お読み下さい.
*文部科学省科学研究費特定領域研究ゲノム4領域に参加する約300の研究室のうち,ほぼ3分の1が参加.大学,研究所の枠を超えた研究者が行う研究紹介活動としては,異例の規模といえる.なお科学研究費補助金とは,日本国政府の支出する研究者向け競争的資金の大半を占めるもので,規模や応募システムなどの違いにより特定領域研究,基盤研究などのカテゴリーが存在する.
森山和道の
ゲノムひろば2003 in東京 取材レポート
 |
日本科学未来館にて <ゲノムひろば>関連展示として行われたDNA模型。 |
文部科学省科学研究費 特定領域研究ゲノム4領域による<ゲノムひろば2003>が、11/15・16日にお台場の日本科学未来館にて東京でも開催された。初日にはゲノムセミナー、二日目にはゲノム談義と題した講演会なども行われた。
筆者は二日目の16日に未来館を訪問し、主として「ゲノム研究勢揃い」を拝見した。基本的には、研究諸々が研究者自身によって一般向けに公開・紹介されるこの手のイベントは意味はあると思うし、今後も続けてもらいたいと考えている。
このレポートは「客観的というよりも、むしろ主観的に書いてくれ」と発注された。つまり、新聞雑誌テレビにありがちな、総花的で漠然とした実際には行っても行かなくても書けるようなレポートではなく、一人の一般参加者として参加して、お前の目ではどう見えたかを、しょうしょう辛口気味に書け、ということらしい。
たとえば、「僕は『ゲノムひろば』というイベントタイトルそのものが70年代的センスでダサいなと思ってるんですけど、そういうことも書いていいんですか」と伺ったら、別に良いとのことである。というわけで、少々根性のねじ曲がったフリーライターが、独断と偏見で書かせて頂く。
まずは会議室1の展示を拝見した。C13〜C22、それとA23のパネルがある。あとで気が付いたのだが、ここは「ゲノムの進化」をテーマにまとめられたゾーンであるらしい。できればそのことを、どこかに目立つように大書しておいてもらいたかった。どこが何をテーマにした展示であるのかを頭において見るのと、そうでない場合とでは、見る側の意識において大きな差が出るからである。ただでさえメリハリのつきにくい<パネル展示>スタイルを選んでいるなら文脈でメリハリをつけるしかないわけだから、尚更だ。
さて、展示を一つ一つ見ていこう。筆者はいちおう、サイエンス・ライターである。展示は勉強にもなるし、面白いインタビューイを探すためにも有り難い場所である。一つ一つ、全部の展示について質問をし、説明を聞いた。
まずは入り口にもっとも近いC13。東京工業大学・岡田典弘氏らによる<生物の進化・多様性をゲノムから探る>という展示だ。シクリッドを使って生物多様性と遺伝子の関係を調べているということで(http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/keyword/cichlid.html)、水槽が展示されていた。シクリッドは遺伝子はあまり変化していないのに、外見がずいぶん違う、いろんな種類がいることで知られる魚だ。たとえばゼブラフィッシュではシマ模様を作る遺伝子hagoromoがシクリッドではRNA段階では9種類に転写されているのだという。また、シクリッドでは種類によって色覚がずれているのだそうだ。どの波長が見えるのかが種ごとに違うということは、生殖など集団形成に色の見えが影響を与えたかもしれない。というわけでそのへんの関わりを調べているところだという。
 |
パネルや説明では話はなかったが、シクリッドは熱帯魚やってる人の間では良く知られている魚である。また、シクリッドの多様性の話はテレビでも時々紹介されているし、『ダーウィンの箱船 ヴィクトリア湖』(ティス・ゴールドシュミット/草思社)のような一般書籍もある。
筆者はむしろ、変わる部分と変わらない部分の差に興味を惹かれた。変化が大きいとはいっても見た目でも尾びれと背びれの位置関係はあまり変化していないようだし、咽頭歯の部分などは変化がないのだという。変化してもいい部分と絶対に変化しない部分。その差は何なのか、どのように維持されているのだろうか。気になる。
 |
隣のC14は「洞窟魚(メキシカンテトラ)の地上型から洞窟型への進化に関わった遺伝子を探索する」(国立遺伝学研究所・五條堀孝)。同一種なのだが、洞窟型(Blind cave dwelling form)のほうは目がない。地上型(Eyed Surface dwelling form)とのcDNAマイクロアレイを使った比較の結果、洞窟型は目のレンズを作るクリスタリンの発現率が低く、血液中の酸素運搬(鉄イオン)に関わる糖タンパクのトランスフェリンの発現率は高いことが分かったという。
暗黒環境下では光合成が起こらないので低酸素であるはずだから、この結果はそのためではないか、とパネルにはあった。だが、聞いてみると、実際に生息環境の溶存酸素濃度を測ったわけではないという。また、トランスフェリンは高値だと急性肝炎や鉄欠乏性貧血、低値では肝硬変や鉄過剰、再生不良貧血、甲状腺機能亢進症などを引き起こすことが知られている。魚でどの程度の影響があるのか分からないが、そのような代謝における変化の有無についても知りたいところである。以前から筆者は、このような、いわゆる「退化」と呼ばれるような変化がなぜ起こるのか、いま一つメカニズムが納得できないでいる。たとえば、暗黒に近い環境下で、目が大きくなるのであれば自然選択で説明がつく。だが、なぜ、特定の器官がなくなることが自然選択において有利になるのだろう? そのぶん、別のところにエネルギーを回せるから、というのであれば、そのコスト/ベネフィットはどのくらいなのか。そこのあたりの議論も展開してもらいたかった。
 |
C15「顎と免疫系の進化」(総研大・笠原正典)は誤解を招きやすいタイトルである。外来抗原の多様さが遺伝子再構成で生み出されることは、評論家・立花隆らの著作で一般の間で知る人も多い(といいな)。だが脊椎動物でも顎のある動物にしか、外来抗原を見分けるレセプターはない。そこでこの研究室ではヌタウナギ(ヤツメウナギみたいな奴で、脊椎はないが脊索がある無顎動物。約5億6000万年前に出現)を使って、ゲノム重複の結果起こったと思われる、個々の物質を個別に認識して排除する「適応免疫系」の進化を研究している。顎については特にやってないそうだ。ヌタウナギは適応免疫系を持っていない。だが研究の結果、T細胞受容体(TCR)に似た、「祖先型抗原レセプター(AAR : Ancestor of Antigen Receper)」と名付けたレセプターが見つかった。なるほど面白い。ただ問題は、これがどうやって主要組織適合遺伝子(MHC)、免疫グロブリン(lg)、そしてTCRの組み合わせで動く適応免疫系へと進化していったか、だ。 なお本当はこの研究室でもヌタウナギの実物を展示する予定だったそうだが、当日はなし。ポスターは字が多すぎるが基本用語なども説明している点は、笠原氏自身が説明してくれたことも含め、好感。
C16「コケ!で知る植物の運命、進化」(基生研・藤田知道)は、顕微鏡下で見たときのコケの美しさを全面的に打ち出し、人気。ただ、研究の内容そのものはあまりパネルでも紹介されておらず、やや残念。誰を対象にするかで当然パネルは変わってくるわけだが。
研究者と観察者が一体となった知識発見を目指す「ゲノムドキュメント劇場 −ゲノム配列に潜む生物種個性の映像化−」(遺伝研進化遺伝部門・池村淑道)では立体映像で、ゲノムの中の遺伝子のうち、外来のものかもともとあったものなのかを呈示。これそのものは何だか良く分からなかったが、『自己組織化マップ』(T.コホネン/シュプリンガーフェアラーク東京)という考え方を利用すると、ゲノムの中の文字列の偏りから、どの種のゲノムなのかが簡単に判断できるというバイオインフォマティックスツールの話はなかなか面白かった。それを使えばたとえば、培養できない微生物群集を採集してきてそのまま解析、DNA配列からサンプル中の系統群を推定し、生物群集の多様性を可視化することができるという。池村教授らのゲノム解析データマイニングツールは「XanaMine」として(株)ザナジェン(http://www.xanagen.com/)から製品化されている。
C18「特殊能力を容易に獲得 〜環境常在細菌のゲノム〜」(東北大学大学院・津田雅孝)では農薬を分解する能力を持つ「セパシア菌」のゲノム研究についてパネルで紹介。最終目的は「多重染色体の構成原理の解明」と「ゲノム進化・再編成を司る分子機構の実験的提示」。
C19「一番簡単な細胞は最低限どんな遺伝子があれば生きられるか」(東京都立大学大学院・加藤潤一)では、必要な遺伝子だけを残し、もとのゲノムの7割のゲノムしか持たない大腸菌を作製。その結果、染色体の様子が変わってしまったという。細胞そのものの形も若干変わっているようで、今後の展開を見ていきたい。
C20「パラログって何? 遺伝子重複のなぞ」(東京農業大学・吉川博文)では、主に「パラログ」について解説することに集中。大腸菌や枯草菌にはおよそ4000の遺伝子があるが、そのうち半分くらいには、まるで兄弟のようによく似た遺伝子がある。これがパラログだ。では進化の過程で、どのようにパラログは生まれて来るのか、それが研究テーマだ。タンパク質間相互作用解析の説明もさることながら、子供達には人気の「客寄せパンダ」を使ってたいへん熱心に説明していた。
C21「新しい遺伝子はどうやって出来るの? ゲノム進化の不思議」(名古屋大学遺伝子実験施設・小保方潤一)。葉緑体などゲノムを持つオルガネラからの遺伝子転移は、解析によればかなり頻繁に当たり前のように起こっているという。遺伝子が入っただけでは働かない。プロモーター領域が必要だが、それは意外と簡単にできてしまうらしい。また調べてみると、イネ核のゲノムからは100万年以内に転移してきたと思われる配列が多数見つかった。ここ100万年以内に転移してきたものが多数見つかるということは、どうやら核は取り込んだ遺伝子を吐き出してもいるらしいという。
C22「生物の性質を変えてみたい! そのためにタンパク質の形や働きを調べています」(東京理科大学基礎工学部・山登一郎)では、結晶を記念につくってみようという実験コーナーを設置。
枯草菌ゲノム研究を幅広く解説するA23「枯草菌解体新書2003 細菌ゲノムに秘められた驚異のメカニズム」(東京農工大学・佐藤勉)では、胞子形成の様子を解説するための模型や、納豆を展示。お客さんの反応は?と聞くと、「普段食べているものがこうなるなんて、と引く人が多かったですね」とのこと。納豆だけに「引く」結果となったようだ。配布していたパンフレット「枯草菌解体新書弐千参年」はなかなかの力作。
(1/3) 次のページ
|