『朝鮮史研究会会報』第132号(1998年8月)        朝鮮史研究会のページへ
 
(書評)姜徳相著『朝鮮人学徒出陣――もう一つのわだつみのこえ』
                   (岩波書店、1997年、404頁、3500円)
                                 

 一九四三年一〇月、日本人の「学徒出陣」が実施された後、朝鮮人・台湾人学生を対象とする陸軍特別志願兵臨時採用規則(陸軍省令)が公布され、朝鮮人学徒兵の徴集が実施された。本書は、同年一〇月の受け付け開始から翌年一月の入営までの約三ヵ月にわたる学徒兵徴集の過程を詳細に叙述したものである。新聞記事、手記・回想、インタビューなど、利用可能な資料を渉猟して、この短い期間に起きた出来事が再現されている。

 朝鮮総督府は朝鮮人学生に「志願」を強制するために様々な手管を弄したことが明らかにされる。当初、あくまで「志願」であって強制ではないとしながら、志願者が増えないことに危機感を抱いた当局は、学徒出陣は天皇の「お召し」であるとし、警察権力の介入(父母の拘束、連絡船での検束など)をも行なうことによって、志願者を確保しようとした。志願兵という形式を装いながら、それが戦場への強制的・半強制的な動員であったことが示される。

 朝鮮人学生の半数以上がいた日本では、朝鮮奨学会・協和会を中心に志願者の駆り出しがなされ、各大学・高専が文部省の指令で積極的に協力した。本書では、この日本での徴集の過程にも力点が置かれている。

 朝鮮人学徒兵徴集の目的は、第一に学生の民族意識を漂白化すること、第二に徴兵制実施の地ならしをすることにあったとされ、後者はさらに、兵役に関して朝鮮社会を「啓蒙」すること、被徴兵者を軍隊にうけいれる際の「受け皿」をつくっておくことの二点に整理されている(三七一頁以下)。納得しうる見解ではあるが、学徒兵徴集の政策決定過程がほとんど明らかにされていないため、当局の意図・目的を解明するには、今後の資料発掘と検討を待たねばならない。

 本書は、何よりも学徒兵徴集をめぐって展開された日本当局と朝鮮人との間の複雑・微妙な関係を明らかにすることに重点が置かれている。それによって、戦時中の朝鮮社会の様々な側面が執拗なまでに描き出されることになった。叙述には繰り返しが多く、煩瑣に感じる点がないわけではないが、それは戦時体制の下で繰り返されたスローガン、様式化された行動を反映しているものである。

 本書で明らかにされている重要な点の一つは、朝鮮人指導者が動員に手を貸したという事実である。国民総力連盟、翼賛委員会その他各種の翼賛団体が朝鮮人青年を志願させる上で果たした大きな役割が解明され、それら団体の中心となった知識人、官僚、マスコミ・大学関係者の活動が具体的かつ克明に記されている。

 それゆえに、本書は歴史から「抜け落ちた盲点」である朝鮮人学徒兵徴集を明らかにすると同時に、「親日派」問題をも主要な論点とするものとなった。親日派の行動がつぶさに描かれているばかりでなく、志願の先陣を切った「親日第二世代」(一三六頁)の問題を提起するなど、親日派研究において今後検討すべき課題も示されている。ただ、学徒兵徴集に協力した親日派の行動は詳細に記述されているが、彼らがそのような行動をとるに至った論理の解明にはあまり力が注がれていない点で不満が残る。

 また、学徒兵の歴史的な位置づけについては、それほど明確にされていない。特に解放後の歴史にどのようにつながったのかというは、興味の引かれる点であるが、本書ではあまり触れられていない。親日派問題を歴史的に理解するためにも、解放後とのつながりは考察すべき課題であろう。さらに、本書でも指摘されているように満洲・中国での朝鮮人学徒兵徴集の過程、台湾人学徒兵との比較なども今後の課題として残されている。

 本書は、これまでほとんど知られることのなかった学徒兵徴集問題を明らかにしたばかりでなく、それを通じて戦時下の朝鮮社会の実態、戦時期に青春を送った朝鮮人の苦悶を描いた歴史書として朝鮮近代史研究の大きな成果である。本書が投げかけた問題は、きわめて大きく重い。

                                  水野直樹

         (一九九八年一月朝鮮史研究会関西部会例会での書評をもとに執筆)


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