『青丘文庫月報』No.131(1998年7月)            青丘文庫ホームページへ

植民地関係旧内務省文書の公開を
            
水野直樹

 朝鮮や台湾に対する日本の植民地支配の歴史は、研究者のレベルだけでなく、強制連行や従軍慰安婦問題に見られるように社会的にも注目を集めるテーマとなっている。しかし、植民地に対する日本の政策や認識、支配の実態を明らかにするために必要な資料がすべて公開されているわけではない。むしろいまだに非公開のまま眠っている資料の方が多いかもしれない。

 その代表的な例が旧内務省文書である。内務省といえば、警察・土木・地方行政・社会衛生などを担当し、戦前日本の中央官庁の中で最も規模が大きかったが、1943年には「外地行政事務」をも管轄することになった。

 それ以前、植民地の事務を扱う中央官庁としては、1929年に設置された拓務省があった。ところがアジア太平洋戦争期に大東亜省が新設されると、拓務省は廃止され、朝鮮・台湾に関する事務は内務省が管轄することになり、内務省管理局が設けられた。「内政」の中心である内務省が「外地」=植民地の行政事務を扱うというのは、少し不思議な気がするが、大東亜省に朝鮮・台湾の事務を任せるわけにはいかないこと、当時は「外地の内地化」が目標とされていたこと(ただし「外地」という実態には変わりなかったが)から、内務省に植民地行政事務が移管されることになった。

 戦時期のごく短い期間であったが、植民地行政を扱う内務省にそれに関する文書が蓄積されたと考えられる。拓務省とそれ以前の植民地行政官庁の文書も引き継いだはずであるし、戦争末期の植民地に関する文書が内務省で作成されたり、送付されたりしたはずである。内務省文書というと、主に在日朝鮮人の民族運動・社会運動に関わる特高警察の資料を思い浮かべるが、植民地全般に関わる資料が含まれているのである。

 戦後内務省は解体されたが、「旧外地」に関わる事務は内務省管理局から外務省管理局に移管され、在外日本人の引揚げなどを担当した。このような経緯から、外務省は旧内務省管理局の文書を引き継いだ。それらは現在外交史料館にあり、一部が公開されている。「本邦内政関係雑件 植民地関係」と題された6冊のファイルが公開されているが、興味深い文書が数多く含まれている。

 私は昨年来、外交史料館所蔵の文書と他の文書館の資料とを合わせて、戦時期の植民地に関わる資料集を出版する予定で作業を進めたが、外交史料館は多くの文書について「著作権料」を支払えといっているため、まだ刊行できない状態である。内務省作成の文書の著作権を外務省が引き継いでいるというのなら、まだしも納得できるが、朝鮮総督府・台湾総督府の文書にまで著作権があると外務省はいっている。総督府の統治権は戦後米ソそして南北朝鮮に、あるいは中国国民党政府に移譲したのだから、その著作権が現在の外務省にあると本気で主張しているのなら、外交問題にもなる事柄であろう。

 さらに重大な問題は、外務省に引き継がれた旧内務省文書のすべてが公開されているわけではないこと、自治省に引き継がれた膨大な文書が現在も倉庫に眠ったままで整理すらなされていないことである。これらには植民地関係の文書が含まれていると考えられる。

 日本政府は、アジアとの歴史的関係に関して資料の収集・保存などを進め、歴史認識の問題を解決すると約束してきたにもかかわらず、実際には資料公開に消極的な姿勢をとりつづけている。秋に予定される金大中大統領の訪日では歴史認識問題も取り上げられるといわれるが、このような現状で「日韓歴史問題」に決着がつけられるとすれば、表面的なものに終わることになろう。植民地に関わるすべての資料を公開させる努力を払う必要が切実に感じられる。


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