基地に住む女たちーー在日米軍基地の調査から(引用不可です)                                 田中雅一

1 はじめに

 今日報告しますのは1996年秋から始めた在日米軍の調査成果の一部です。調査を始めてから2年半が経ちますが、まだまだ日本にあるいくつかの基地を訪ねて関係者から話を聞いているところで予備的な段階といわざるを得ません。ですから今日の報告も中間報告という性格のものであるということをことわっておきたいと思います。また個人情報についても一部公開することを控えていることをことわっておきます。

 タイトルの基地に住む女たちというのは二種類あります。ひとつは男性兵士の妻たち、もうひとつは女性兵士です。ここで兵士と述べましたが、厳密には軍隊に属して基地で働く男性の妻と基地で働く軍隊に属する女性一般を意味します。後者については女性兵士という言葉が使われますが、ほとんどが実際に武器をとって闘う戦闘員ではありません。また士官、下士官に対比されるエンリステッドと呼ばれる人たちがいますが、かれらのことをここでは兵と呼びます。本報告では私の調査と文献研究から、両者を対比させながら軍隊におけるジェンダーについて考えてみたいと思います。

 すでに配布されている冊子に触れていますように、最近日本でも女性兵士の問題がフェミニズムの論争の一つのテーマとして注目を集めるようになりました。都立大の江原由美子編集の『性・暴力・ネーション』には上野千鶴子らの論文と編者のまとめが収められています。これらの議論を一瞥してその問題設定に違和感を抱いてしまします。軍隊での機会均等の実現は、平和を主張するフェミニズムの求めるべき目標か否か、女性が軍隊で働く道が開けたのはフェミニズムの勝利なのか、それはフェミニズムの非暴力、平和主義の視点と合致するのか、といった大命題がまずたてられ、それについての議論が続きます。これはフェミニズムというより一部の社会学者のスタイルといえるかもしれませんが、私はまず現実を見てみたい、たとえ論争の結論が軍から女性は引き上げるべきだという結論に満場一致で達したとしても、今現在米軍の一割以上を占める女性たちをやめさせることはできません。まず現実がどうなのかをこの目で確かめたい、というのが私の基本的な問題意識です。そしてそれは人類学者一般に妥当する態度だと思います。

2 在日米軍

 さてそれでは在日米軍とはどのような集団なのでしょうか。本題に入る前に簡単な説明を加えたいと思います。一九九〇年の資料では米軍の総兵力は200万人、陸軍が70万人、海軍が50万人、空軍が50万と、この3部隊で9割強を占めています。あとは海兵隊18万、そして沿岸警備隊、州兵軍、工兵隊が続きます。

 海外基地はグリーンランドから南極、トルコからディエゴガルシア、27ヶ国、1989年現在国内に870、海外に375基地となっていますが、これらは大規模な基地のみです。実際には1500を上回るとされます。

 在日米軍は正式には米国太平洋軍の一部であり、米国太平洋軍は中近東、アフリカ南部をもカバーします。そして在日米軍を構成するのは陸軍第9戦域コマンド、空軍第5航空軍、海軍第7艦隊、第3海兵遠征軍ということになります。規模は全体で43000人、内訳は陸軍2000人、海軍7300人、海兵隊20000人、空軍15600人です。この内のおよそ1割四〇〇〇人が女性です。米軍とその関係者(一般に配偶者とその子どもたち)をあわせるとおよそ11万人住んでいます。

 つぎに基地についてですが、1994年4月現在137カ所26都道府県に軍事基地があり、第5空軍の司令部が横田に第7艦隊の母港が横須賀にあります。基地の総面積は98310ヘクタールですが、これは東京23区の半分、大阪市よりはるかに広い地域をカバーします。主要な基地は全部で8つある。北から三沢、横田、座間、厚木、横須賀、岩国、佐世保、沖縄である。三沢と横田が空軍、座間が陸軍、厚木と横須賀、佐世保が海軍、岩国が海兵隊です。そして沖縄にはこれらすべての軍が駐留しているが、とくに重要なのは海兵隊と嘉手納の空軍基地です。

 わたしが調査したのは三沢を除く、主要基地ですが、今日お話しする情報は主として横須賀、横田、座間・相模原、佐世保、嘉手納でのインタビューに基づいています。

 

3 妻たち

 さて、これから本題に入ります。軍人の配偶者、妻の問題はある意味で軍隊の家族重視という方針と密接に関係します。一九七〇年代前半まで米軍はおもに独身男性からなる集団でした。それが徴兵制度の廃止に伴う兵士の減少から、既婚男性と女性を重視することになります。既婚男性が働けるための環境として家族へのケアが重視され、それを志願のインセンティヴにする、という方針が採られました。1950年代まで軍隊は男性独身者がほとんどでしたが、湾岸戦争では「母さんたちの戦争Mom's War」と呼ばれるように、子どもを持つ女性兵士が目立ちました。いまは士官に限って言えば75%近くが既婚者です。以下、20代、30代前半の10名のアメリカの妻たちからの聞き取りをもとにお話をします。

 家族が重視されるということでしたが、現実はどうでしょうか。妻たちについて指摘できることは二点あります。ひとつは、基地の完全な住民とはみなされていないこと、もうひとつは、軍属の夫をもつということが生活上きびしいこと、この二点です。

 まず一点目です。二六歳の女性の話。パイロットである夫と知り合ったときすでに夫は軍で働いていて、彼女自身はまったく軍について知らなかったそうです。軍人にはあこがれをもつ。しかし、結婚してから後悔する。何度かデートを重ねてから結婚をしますが、上官の許可が必要だったといいます。とくに外国人女性と結婚する場合はきびしいということでした。妻たちはデペンデント(仕事をする場合もあるので扶養家族という言葉は適切ではない)として扱われます。医療などの予約は夫優先で、士官である夫はすぐに歯の治療を受けられるが、妻は数ヶ月待たされる。交通違反をしてもその責任は夫にかかってきます。デペンダントであるということは小人と同じように自ら責任をとる能力がないことを意味します。そしてなにをするにしても許可が必要でいらいらするといいます。離婚すると、自動的に基地への出入りが禁じられ、夫の死後年金などを受けることができなくなります。また、日本の社宅と同じで、基地内で暮らすと仕事と家庭の区別がつかなくなり、夫の上司の妻には下手なことを言えません。職場でのヒエラルキーがそのまま妻の行動にも影響するということです。

 つぎに二点目に移ります。軍隊生活が他の職業と異なる理由の一つにPCS(Permanent Change of Station)転属があります。これが魅力でもあり、ストレスでもあります。とくに家族をもつ人たちには多くの困難があり、こうした苦労を軽減するためにファミリィ・サポート・センターなどの施設がさまざまなプログラムを用意しています。早ければ40前後で除隊し、ここから新たな職探しが始まります。われわれからみればこれからというときに転職になるわけで、これも不安要素になります。

 転属、とくに海外勤務は妻にも緊張を強いります。さらに夫との別離の問題があります。Mission comes firstですから、これに抵抗することはできません。戦争が起これば、どの基地でも別離は生じますが、一番深刻なのは平和時でも演習デプロイメントが数ヶ月も続く海軍です。船が出ると、広い基地内は閑散となります。毎日ビデオをレンタル店で借りて時間をつぶすだけという言葉がリアルに聞こえます。海軍ほどでないにしても海兵隊や空軍では常時短期の出張(TDY TAD)があります。

 ここで二〇代半ばの女性の話を紹介します。新婚二ヶ月後に日本にやってきて新居を基地の外に構えたとたんに夫は演習に出てしまった。半年間広い家で暮らすことになります。これに懲りて夫が帰国後すぐに基地の近くのマンションに引っ越しました。

 一般に海外の基地に住む妻たちは、結婚すると三つの異なる環境を生きなければなりません。ひとつは、結婚生活、家族生活、二つ目は(父が軍人ではなかったなど、結婚前にまったく軍隊と関係していなかった場合)軍隊(基地)という異文化、最後に基地がある国の文化です。後者を拒否すれば基地内での生活が中心になります。滞在中基地から一歩も外に出ない家族、といった話をしばしば耳にします。実際基地にはスーパーマーケットから大学院までなんでもそろっています。しかし、ここでの生活はすでに触れたようにけっして居心地のいいものではありません。軍隊生活がすべてという関係を拒否するなら、基地の外に住居を構えることになります。しかし、これはこれで大変なわけです。「わたしが結婚したとき、三つの異なる生活に適応しなければならなかった。ひとつは結婚生活、ひとつは沖縄での生活、そして軍の生活。そのなかで一番慣れるのが難かしったのが軍の生活よ」(二六歳、パイロットの妻、子供はない)

「困難だけど、悪くはない、努力する価値はある生活よ」(二七歳、妊娠九ヶ月、艦上勤務の水兵の妻)

 このように軍人の妻の生活は一般女性の場合と比べて厳しいのですが、以下ではもうすこしポジティヴな側面にも注目したいと思います。ここでは二点指摘しておきます。

 夫の転属が平均三年毎にあって、海外勤務も多いとなると、妻が定職をもつことは困難になります。しかし転属先の基地ではファミリィ・サポート・センターFSCによる斡旋で基地内の仕事などに優先的に従事することができます。ここで紹介される仕事もピンからキリまでで、オフィスの責任ある仕事から基地内のマクドナルドなどの食堂での仕事などアルバイトに毛が生えた程度のものまでさまざまでした。英語を日本人に教えたり、モデルになったり、と日本人相手の仕事を見つけることもあります。広報官や旅行関係の責任者などに妻が採用され、きっちりと仕事をこなしている、まかされているということもありました。ある基地では高い収入が入る職を得て、夫が退官後もその仕事についている女性に会うこともできました。このように、例外もありますが、長い目で見るとキャリア志向の女性には海外での基地生活はやはりマイナスでしょう。

 家族生活が不安定である故に、かえって制度化が進んでいるということもあります。たとえばEメイルでやりとりした三沢の父子)家庭の(離婚後娘を引き取っている父によると、空軍は長期に家を離れることはないにしても、戦時にはそうも行かない。だから、軍隊ではそうした事態に備えた支援体制ができているのでかえって安心だ、と述べています。一般の会社に勤めても出張があるので同じ問題にぶち当たる、しかし、会社にはそんな支援体制はない。ちなみにこうした支援体制ゆえ軍隊内の母子家庭(母が軍人)や父子家庭の比率は一般社会より高いという説もあります。

 まとめますと、妻はデペンデントとして一般社会よりも差別的な地位にある、すべてが軍隊社会の正式メンバーである夫を中心として動いている、不安がともないます。とくに日本のように言葉の問題があるところではなおさらです。しかし、職の斡旋や、短期・長期の別離を組み込んだ支援体制も整っています。

4 女性兵士たち 

 軍人の妻たちがいわばステレオタイプの保守的ジェンダー観ーー夫のみが真の社会の成員であるーーを表しているとすると、女性兵士(冒頭に述べましたようにほとんど戦闘要員ではない)の存在はこの対極に位置します。現在その人口比率は14%です。女性が戦闘行為に加わっていた事実は古くからありますが、軍への女性の進出は1980年以後加速的にオープンとなります。女性には禁じられていた部署(陸軍と海兵隊では実戦部隊、海軍では潜水艦勤務、海軍と空軍に関しては船の種類や飛行機の種類での差別は撤廃されている)も95年以後急減します。このような傾向は英仏でも同じです。

 それではなぜ女性が増えてきたのでしょうか。すでに指摘しましたように、徴兵制度の廃止に伴い、男性のなり手が減っている事実が挙げられます。そして男女の機会均等を促進する女性たちの運動の影響があります。軍隊は米国の人口分布(地域、ジェンダー、エスニシティ、ジェンダー)と価値(平等、公民権)を反映すべき、というのが彼女たちの主張です。

 軍から見れば、戦闘の効率は、ジェンダーやセクシュアリティに関係せずに個人の能力さえ高ければ全体としても高まるのか、それともストレートの男性に限ることで部隊の均質性を高めることで可能となるのか、ということが問題でした。この問題に解決がついたわけではありませんが、1992年では例えば陸軍で女性兵には男性兵のポストの86%、女性士官には96%がオープン。今、陸軍と海兵隊がもっとも実戦の可能性が高い部隊ですから、海軍や空軍はこれより数値は高くなるはずです。少なくとも数字から指摘できるのは、ジェンダーフリーな職場空間というものが軍隊内部においてほぼ実現しているということです。

 さて、私は軍に属している女性八名と会って話を聞くことができました。艦上勤務で通信担当、医者、看護婦、従軍記者、コンピュータ技師、広報担当者などさまざまです。

 女性兵士についても二つの点を指摘しておきます。ひとつは、その動機から明らかなように責任が持てる仕事をすることができる、差別はないわけではないが、それにたいして一般社会よりもセンシティヴだ(これは海軍の場合)。教育や技術も軍隊勤務で学ぶことができるから、除隊後も困ることはない。つまり、妻と比べると一人の社会人として扱われている、というわけです。しかし、妻について指摘したもう一つの問題、家族生活の維持をめぐる問題は女性兵士たちにも同じほど深刻です。私が会った兵士の内二名を除いてみな結婚しています。ただし、その内の一人も同僚との結婚が予定されています。既婚女性六名のなかで、夫が軍で働いていないon Active Dutyのは三名だけです。ただ、こうした人たちももともとは軍隊経験のある人です。これは女性にとって出会いは軍内部である確率が高いということを意味します。反対に一般男性にとって女性兵士は結婚対象とはなっていない、ことが推察されます。正確な数字はありませんが、男性兵士が一般女性と結婚する確率はその反対よりずっと高いと思います。なぜ女性兵士が軍を辞めるのか、という理由を調べるとセクハラと家族維持の困難さ、の二点が主要な理由のようです。セクハラは、本来男性の領域に女性が進出したために生じている男性側の組織的な抵抗といえます。また家族維持の困難を克服するには、結婚後どちらかが辞めてデペンデントにならざるを得ないこともあると思います。わたしが会った女性兵士の三名が実はもと兵士で辞めたのですが、どちらかが辞める場合は常に女性、となっていないだけましといえるでしょう。

5 おわりに

 女性兵士と軍人の妻、この二人の間をむすぶものはないように見えます。しかし、最初に述べたように両者は徴兵制度の禁止とそれにつづく志願兵の減少の結果生まれたものでした。当然既婚女性兵士も増えます。そこで生じるのが、ミスター・マムと呼ばれる夫たちです。かれらもまた妻と同じように、デペンデントの地位にあります。ある男性は、それまで基地には「士官の妻たちのクラブ」というのクラブがあったが、これでは男性が参加できないので「士官の配偶者たちのクラブ」に名前を変えてもらったといっていました。かれらは仕事の有無に関わらず実際育児などに専念しています。女性が艦上勤務であれば、船が出ている間子供の世話はすべて夫の責任になります。かれらにとってジェンダー・アイデンティティはどうなっているのか、軍社会の中でどのように位置づけられているのか、これは今後の課題です。

 もう一つ考えなければならないのは、すでに述べたように女性兵士は男性兵士との結婚が多いのですが、結婚すると同じ職場で夫婦が働くことはかたく禁じられているという事実です。たとえば同じ船で知り合った男女が結婚すれば、どちらかがその船を去らねばなりません。わたしが会った人たちの中にはどちらもコンピュータ部門に勤めていて結婚したという夫婦がいいました。このためどちらかがこの部門を去らねばなりません。結果は男性の方が別の部門にと転属されました。これはこれで驚きです。なぜなら男性の新しい部署はコンピュータとは全く関係のないところだからです。女性なら女性差別ということになるかもしれません。しかし、これは合理的な判断なのでしょうか。

 さきに私は能力主義が軍隊の女性進出をめぐる論争で重要な役割を果たしたといいましたが、夫婦になれば部署を別にするというのはこの能力主義に矛盾しないのでしょうか?コンピュータの技術を持つ男性を別の部署に転属するというのは、かれの能力を活かさず、無駄にしていると思われます。同じ問題が家族を重視するという視点からも矛盾するように思われます。家族との一体感こそが軍隊の士気を高め、また志願者を減らさない要因として理解されてきました。それが職住一致ということになるのですが、しかし、その理想の形態とも言える夫婦同職というのはなぜか禁じられています(すべての軍の部署がかならずしも戦闘に曝されるわけではありませんから、なにかあったときに夫婦がともに殺されたりする可能性がある、さおれを避けるためでというのはかならずしも妥当しません)。夫婦が意味するのが私的な空間、家族生活であるとするなら、そこにはなお近代が生みだした公私の分離という強固なイデオロギーとの相克が認められないでしょうか。軍隊では男女の差の撤廃についてはセクハラなどの問題を残しながらもかなり進んだ。しかし公的空間(職場)に私的関係(夫婦)が入ってくることをなお拒否している、各自が個として取り扱われる公的空間と、そうでない空間との対立が残っています。この問題は人類学で女性の地位の低さをめぐって一時論議された、男性が文化で女性が自然といった二項対立に関係する公私の区別をめぐる問題と関係すると思われます。

参考文献 省略