新美 寛 編
鈴木 隆 一 補

本邦殘存典籍による 輯佚資料集成

京都大學人文科學研究所


『本邦殘存典籍による輯俟資料集成』は、われわれの研究所の前身である東方文化研究所がその初期においてとりあげた事業の一つである。擔當者は新美寛氏であって、小島祐馬博士の指導の下に昭和七年から開始された。
いったい中國で輯佚つまり亡佚した書物の遺文を他の文獻から蒐集し、これを整理して、できるだけもとの姿に近づけようという仕事に關心がもたれだしたのは十三世紀の頃であろうが、盛大になったのは十八世紀後半から十九世紀にかけての乾隆・嘉慶時代であって、輯佚書の數も次第に増加し、精度も高まっていった。ただ事情やむをえぬこととはいえ、その依據した典籍がほとんど自國に殘存するものに限られているのは遺憾である。中國周邊の國々の中でもわが國はとくに漢文化の影響を受けることが廣くかつ深かった。それで典籍についても彼の地では佚してわが國に存する、いわゆる佚存書が少なくないのである。したがってこれらの佚存書は輯佚作業を進めるにあたって、當然顧みられなければならない。さらに本邦人の編著にも輯佚の資料を豊富に包藏しているものが少なくない。乾隆・嘉慶時代を頂點とする中國の輯佚事業を補足するためには是非わが國に殘存する典籍---佚存書のみならず邦人の編著をも含めて---を利用せねばならない所以である。
新美氏の輯佚資料集成はこのような觀黠から五十餘種の典籍を選び、そこに引用された文獻を抽出鈔錄することにつとめた。ところが昭和十二年に日華事變が勃發し、編者は同年十月應召して華中方面に出征することになり、この事業は中斷のやむなきに至った。しかし昭和十七年一月には無事歸還することができていよいよ輯佚資料の整理に着手することになった。その後約二年半の間の整理の事業は着々進捗したのではあるが。昭和十九年八月再び應召、翌年六月二十日沖繩南端の魔文仁で戰死という悲しい結末になった。時に年四十歳。
新美氏が精魂を傾けたこの遺業は長く陽の目を見ずにあったが、五年ほど前からかつて指導に當られた小島博士の推進によって公刊の機が次第に熟していった。まず未完の部分の整理を新美氏と親交のあった鈴木隆一氏(本研究所圖書掛長)に依頼されるとともに。當時所長をしていた私に、その出版について要請されるところがあった。さいわい昭和四十二年度の本所出版物として公刊されるに至ったことは喜びに堪えないのであるが、熱意をもってこの遺業の公刊を推進して来られた小島博士も一昨年にこの世を去られているのは悔恨のきわみである。
本書の成るに際して編者とその指導者を追懷するとともに、未完の業を遂行して公刊にまで到達させられた鈴木隆一氏の勞苦に謝意を表したい。

昭和四十三年三月
森 鹿三

凡 例

一、本書は我が國にのみ存した典籍の中から、現在すでに佚した書を集錄したものである。その集錄は經史子の三部に及ぶ。
一、依據した底本は、中國の撰述にあっては唐宋時代を下らず、我が先人の著作については、ほぼ平安・鎌倉期までのものに限った。
一、集書か否かの區別は、四庫提要の著錄の有無によった。
一、底本の引用文は、原則として原本からの直接引用か、或はそれに近いと思われるものを採錄し、間接の引用はこれを省略した。
一、本書の排列は隋書經籍志の分類に從った。唐代の撰書は隋志によって再分類し、未著錄書もこれに準ずる。
一、書名・撰者名は引用文の記載に從ったが、ただ明らかに省略されたと思われるものは、隋唐二志によって補った。
一、底本の異なるに隨って、引用の書名・撰者名に少異もあるが、同一の佚書に屬すると見做した場合は一書にまとめた。併し不完全な標記については、その原文を注記に殘した。
一、 一書における篇章の先後は、典據のあるものを除き、おおむね出所の前後によって排列し、二種以上の底本からの錄出は、引用回數の多いものを先にした。
一、佚注の、本文とともに引用したものは、並引の文字を注記し、注文のみの引用は本文を補った。檢索できないものは本文を闕き、或は注文をもって標字とした。
一、引用の原文は、緯書類の一部校勘と誤字による標字の訂正を除き。すべて原文のままである。ただ筆寫體の文字、並びに筆寫に基づく誤字は出來るかぎり正體にもどした。そのうち飜字の疑わしいものは□で圍んだ。
一、底本の空格、および判讀のできない文字は、角括弧をもって缺字を示した。
一、本書に使用した底本と、その略稱は次の通りである(編者の據った底本の版種不明のものは、整理者が推測によって補った)。

中國撰述

原本玉篇 東方文化叢書本 古逸叢書本
玉燭寳典 古逸叢書本
五行大義 佚存叢書本 高木氏影印三寶院藏鈔本
 元弘鈔本背記 久邇宮家藏本
李嶠雜詠一百二十首注 内藤湖南博士藏舊鈔轉寫本
翰苑 京都大學文學部影印本
琱玉集 古逸叢書本 古典保存會本
遊仙窟
天文要錄 本所影寫前田尊經閣藏舊鈔本
天地瑞祥志 同上
集注文選 京都大學文學部影印本
玄應一切經音義 乾隆五十一年刊本 西東書房影印大治鈔本
慧琳一切經音義 京城大學法文學部影印高麗藏經本
希麟續一切經音義 大正新脩大藏經本
義楚六帖 寛文九年刊本東福寺藏宋刊本
祖庭事苑 正保四年刊本

本邦撰述

秘府略 古典保存會本副本協會本
文鏡秘府論 東万文化叢書本
和漢朗詠註略抄 東北大學所藏舊鈔影印本
仙覺抄 (仙覺全集本)
新撰字鏡 群書類從本
 天治鈔本 大槻文彦校六合館本
倭名類聚抄 狩谷掖齋箋注 印刷局本 古典保存會本
世俗諺文 古典保存會本
明文抄 續群書類從本
塵袋 (珍書同好會本)
令集解
和漢年號字抄
年中行事秘抄 續群書類從本
 師光年中行事 續群書類從本
政事要略 改定史籍集覽本
諸道勘文 群書類從本
革命勘文 同上
 應和四年革命勘文 續群書類從本
 永享十三年革命勘文 同上
改元部類 同上
 大治改元定記 同上
 顯時卿改元定記 同上
續日本紀 新訂増補國史大系本
日本後記 同上
續日本後記 同上
文德實錄 同上
三代實錄 同上
類聚國史 同上
釋日本紀 同上
玉葉 國書刊行會本
園太曆 岩崎小彌太等校太洋社本
後深心院殿御記 (京都大學附屬圖書館藏奮鈔本)
輔仁本草 續群書類從本
醫心方 日本古典全集本
香字抄 貴重圖書影本刊行會本古梓堂藏高山寺本
 藥字抄 京都大學附屬圖書館藏高山寺本
 香藥字抄 大正新脩大藏經本
弘決外典抄 寶永四年刊本民友社影印本
三敎指歸覺明注 内藤湖南博士藏刊本(寛永六年刊)
 三敎指歸簡註(正德二年刊本)
浄土三部經音義 大正新脩大藏經本
法華經釋文 同上
孔雀經音義 同上
中論疏記 同上
般若心經秘鍵鈔 日本大藏經本

 

奥付

発行者 京都大学人文科学研究所
京都市左京区北白川東小倉町47


昭和43年3月25日印刷
昭和43年3月30日発行

印刷者 片桐軽印刷有限会社
京都市北区紫野下石龍町20


続編

昭和43年3月25日印刷
昭和43年3月30日発行

印刷者 平田弘文堂
  代表者 平田公文
京都市下京区西洞院通松原下ル永倉町550