北朝石刻資料の研究(II)

班長 井波 陵一

北朝石刻資料の研究(II)
東魏侍中録尚書事髙盛碑。髙盛は北斉の初代皇帝である髙歓の従叔祖にあたり、「寛厚にして長者の風有り」と称された人物。531年、高歓が自立した際に中軍大都督となり、以後、枢要の地位を占めて536年に亡くなった。

本研究所が所蔵する石刻資料は、重複分も含めて約1万点と言われ、内藤湖南、桑原隲藏といった碩学の名を冠したコレクションもある。かつて日比野丈夫氏が「中国金石資料の研究」(1968~1970年)という共同研究班を組織して、カード作成や写真撮影を中心に整理作業を進められ、また漢代の石刻資料については、永田英正氏を班長とする共同研究班の成果報告として『漢代石刻集成』(同朋舎出版、1994年)が出版された。

近年、情報公開が社会的使命として要求されるようになり、保存と利用という、ある意味で矛盾する事柄に、公開という第三の要素も交えて対処すべく、旧漢字情報研究センターでは石刻資料のデジタル画像化、フリーアクセスを実現したほか、安岡孝一氏の発案と努力によって「拓本文字データベース」も公開した(それは現東アジア人文情報学研究センターに引き継がれている)。さらに『漢代石刻集成』の顰みに倣って、『魏晋石刻資料選注』(人文科学研究所、2004年)も出版した。

続いて北朝の碑文(一部南朝のものを含む)のうち、比較的まとまった文章が残されているものを選んで訓読と語注をつける作業を行い、北魏時代までの資料について検討した。さらに今年度より東魏、北斉時期の資料を取り扱う予定である。北朝の異民族政権が「文明化の過程」の中て見せる様々な「揺れ」か、政治制度の上で、社会意識の上で、さらには文章表現や書体の上でどのような独自性をもたらしているか、様々な分野を専攻する班員諸氏の多彩なコメントか楽しい。

なお、資料会読に先立って、当該碑文の拓本を広げ、先人の考証に依拠しながら細かく文字の対校を行っている。石の剥落などにより読みにくくなった箇所を凝視し、頭の中で、あるいは指先で再現しながら、文字の原形を必死になって復元していく作業も、この研究班の大きな特徴である。


班員
古勝隆一、土口史記、永田知之、藤井律之、宮宅 潔、矢木 毅