真諦三蔵とその時代

班長 船山 徹

唐の慧琳[えりん]撰『一切経音義[いっさいきょうおんぎ]』に引用される真諦説。「真諦三蔵云わく」として、僧侶の衣である袈裟[けさ]がインドでは「赤血色」をしているとする説が紹介される。これを記録する原テキストは散佚し、現存しない。

共同研究班「真諦三蔵とその時代」を始めて4 年が過ぎた。真諦は6世紀の中頃に中国の南方各地を転々と移動したインド人僧侶であり、著名な仏典漢訳者の1人である。この人物を軸に、インド文化と中国文化の思想的歴史的交渉を具体的に知ることをめざしている。

研究班で読んでいるのは、通常知られているような真諦訳(翻訳文献)ではなく、真諦自身の教説を弟子が書き残したものである。その特徴のひとつに、中国文化圏の聞き手を初めから想定しつつインド人の立場から発言する点がある。つまり中印文化の混淆的性格である。ただ、それがきれいな形で現存していれば、ことは単純明快だったのだろうが、現実は複雑を極める。弟子の書き残したもの自体が散佚し、現存しない。そのため我々は後代の諸文献に引用される真諦の発言の断片をかき集め、佚文集成を作成しながら読んでいる。そうした場合、錯綜した状況が生じるであろうことは容易に察しがつく。引用は原文のままと考えてよいかといったあたりから検討をはじめねばならない。

弟子たちが残した真諦の伝記には「先生は漢語に堪能であり、通訳なしで何ら支障はなかった」とある。しかし弟子が師匠の言語能力を賞讃することと、それを我々がどう受け止めるかは別問題だ。真諦の著述とはされるが、実際には筆記した弟子の考えも入っているであろうし、総じて真諦個人の説というよりも彼のグループの説とでも呼ぶべき性格がある。読解対象としてきた主なものは以下のとおり。『仁王般若経疏』『金剛般若経疏』『部執論疏』『金光明経疏』『摂大乗論義疏』『倶舎論義疏』『明了論疏』(以上、真諦による著作の佚文)、慧緒ヒ『摂大乗論疏序』『倶舎釈論序』、および『続高僧伝』に収める真諦伝および関連する諸伝(道岳伝、曇遷伝)など。


班員
稲葉 穣、古勝隆一、ヴィータ・シルヴィオ、古松崇志、麥谷邦夫