中国古鏡の研究

班長 岡村 秀典

中国古鏡の研究
前漢末期(紀元前1世紀末)につくられた銅鏡の拓本。四神や九尾狐・仙人・獅子などの瑞獣が図像にあらわされ、銘文には五行にかなう精良な銅原料を用いて鋳造したことを記している。

中国古代の銅鏡は、図像紋様の変化がいちじるしく、紀年銘をもつものがあることから、考古資料の年代をはかる指標として東アジア各地で重視されてきた。また、その図像と銘文は、人びとの精神世界をものがたる資料としても注意されてきた。鏡は姿見の化粧具として用いられただけでなく、そのかがやきは日月の光になぞらえられ、心情や世相をありのままに映しだす性質をもつとみなされたことから、一種の護符のように所持され、そうした観念が図像や銘文として銅鏡に鋳こまれたのである。

本研究班は、漢魏晋代の鏡の銘文をもとに、当代の文化史を解き明かそうとするものである。手はじめに会読したのがカールグレンの “Early Chinese Mirror Inscriptions”(BMFEA, No.6, 1934)である。カールグレンは『詩経』の音韻論から上古音を復元した言語学者で、韻文となった漢魏晋代の鏡銘は、上古音から中古音への変化をあとづける同時代資料として着目されたのである。257例の鏡銘について解説したこの論文は、発表から70年あまりを経たいまでも、これをこえる研究はないのが現状である。そこで、研究班では3年をかけてカールグレン論文を会読し、2008年度からはそれをふまえた新しい研究に取りかかっている。カールグレン論文以後に報告された膨大な数の銘文を加え、漢魏晋500年の変化がわかるような鏡銘の集成と注釈の作成である。記録には残りにくい民間の言葉づかいや思潮など、鏡銘には伝世文献ではわからない情報が少なくない。また、発掘資料を用いることによって、その韻文が流行した時代と地域が特定できることも考古学の強みである。中国文学史で西晋詩と考えられていた韻文が、300年前の前漢鏡に出現していたことがわかったのも、その成果のひとつである。カールグレンをのりこえ、新しい鏡銘研究のスタンダードをめざした研究成果を『東方学報』に順次発表している。

班員
金 文京、向井佑介