所長あいさつ

人文科学研究所(人文研)は1929年に外務省が設立した東方文化学院京都研究所を前身のひとつとし、今年で90周年を迎えました。この間、世界文化に関する人文科学の総合研究を目的として、哲学・史学・文学という伝統的な人文学の枠組みを越え、芸術学・人類学・社会学・心理学などの関連分野のほか、法学・経済学などの社会科学、さらには科学史や情報工学など理系分野の研究者をスタッフに加え、学内外の大学院生、ポスドクや研究者たちと連携し、古典文献の会読、フィールド調査、そして相互討論を通じて考察を深める共同研究という方法により、人文学のフロンティアを切り開いてきました。

たとえば、わたしの専攻する考古学は、遺跡や遺物というモノから歴史を復元してきました。それは文献記録のない時代や地域の歴史を掘り起こすという強みがある反面、自然科学と同じようにモノの形や質を分類して研究するため、人の心を読むことを苦手としています。ところが、中国古代の銅鏡には『詩経』や『楚辞』などの詩に似た銘文をもつものがあることから、わたしの主宰する研究班では、歴史学のほか文学や音韻学の研究者たちを交えて470種あまりの銘文を集めて会読し、古代人の心情、作鏡者の精神を読み取り、銅鏡の総合的な研究を開拓しました。

いま人文研では年間約30件の研究班が同時に運営され、古典研究だけでなく、環境、人種や暴力・宗教・性など現代社会のさまざまな問題に取り組む研究班もあります。毎週や隔週という頻度で学内外の研究者たち年間のべ約1万人が参加し、3~5年かけた研究成果を学術書として毎年20冊以上出版しています。人文研の共同研究は次代を担う若手研究者の養成にも役立っています。

人文研にはまた、漢籍をはじめとする東洋学関係図書のほか、漢字の起源となった殷代甲骨や中国歴代の石刻拓本、雲岡石窟やガンダーラ仏教遺跡に関する学術調査資料など、質量ともに世界屈指の学術資源が集積されています。附属東アジア人文情報学研究センターではこれらの整理と公開に努め、ホームページで公開している所蔵石刻拓本資料(拓本文字データベース)は2018年度に1520万件のアクセスがあり、東洋学文献類目検索・全国漢籍データベース・東方学デジタル図書館などを含めると、1日あたり平均11万件あまりのアクセス数におよんでいます。これだけをみても、人文研の学術資源がいかに世界の研究者たちに注目され、利用されているのかが理解いただけるでしょう。

このような実績をもとに人文研は2010年より「人文学諸領域の複合的共同研究国際拠点」という名称で共同利用・共同研究拠点としての活動をはじめました。このなかで桑原武夫・今西錦司・梅棹忠夫ら人文研の先達がヨーロッパやアフリカなど世界各地で収集した資料のほか、関西一円に埋もれている明治以降の多様な学術資料を掘り起こすため、「みやこの学術資源の調査研究プロジェクト」を立ちあげ、それらの調査と研究に着手しました。今年からは人文研が推進してきたオープンサイエンスを基礎にしつつ、さらに海外の研究機関とも連携してさまざまな学術情報を集約し、国際的に活用できる人文学のオープンアーカイブを構築する計画を進めています。

人文研の伝統ある共同研究やバーチャルなコンソーシアムの場を通じて、みなさんも明日の人文学について考えてみませんか。

所長 岡村 秀典
2019年 4月


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