絵画修復への寄付

東日本大震災への対応

所長あいさつ


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2021年4月より人文科学研究所長を務めることとなりました稲葉です。1949年に発足した新制人文科学研究所の所長としては31代目となります。ただ、人文科学研究所は1929年に外務省のもとに設置された東方文化学院京都研究所をその前身の一つとしており、そこから起算して90年余におよぶ人文科学研究所の研究活動は、精緻な古典研究、国内外における様々なフィールドワーク、伝統的学問の枠組を越えた学際的共同研究を特徴とするものでありました。しかし前世紀の終わり頃から、科学技術的な知のあり方が社会の隅々に行き渡るにつれ、逆に人文科学的な知のあり方は様々な批判を受けるようになり、果ては人文科学不要論(少なくとも国立大学においては)のようなものも囁かれるようになりました。ところが現在、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、この二つの知のあり方(あえて乱暴なdichotomyを用いていますが)に再び光が当てられてきているように思われます。
 2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故以後、我々の手にある科学技術は、どのように用いられるべきなのか、あるいはどういった科学技術であれば社会的に安全なものとして用いることが出来るのか(万が一の事故からのリカバリーも含めて)といった点があらためてクローズアップされています。また、科学技術の持つ政治的な側面が強く意識されるようになったのも2011年以降のことでしょう。それ自体は価値中立的かも知れない科学技術も、人間の営みとして用いられ行われる限りにおいて、政治性からも権力性からも自由ではなく、この点は昨年来のパンデミックを巡る情勢の中で明白に示されてきたことであります。さらに、パンデミックの終熄後の世界はこれまでのものとは様相を異にすると予想されています。特に重要なのは我々の社会参画、相互コミュニケーションのあり方がすでに大きく変化しつつあると言う点です。原則的に身体的接近、接触によって感染する伝染病は、我々個人個人を物理的に隔てることで、近接、接触をともなうコミュニケーションを困難なものとしました。ようやく始まったワクチン接種によってもこれらがすぐに解決できるとは限らない中で、我々はたとえばオンラインの情報伝達にこれまで以上に大きく強く依存するようになるでしょう。これに限らず、身近なところでは我々の日常生活のあり方から、産業構造、文化芸術活動、ひいては国際的な覇権争いにいたるまで、パンデミックの影響は社会のありとあらゆる部分に及ぶと想定されています。
 このような状況の中で、我々が、個として今後の世界/社会/世間とどのように対峙し、コミットしていくのかが、かつてない広さと深さをもって、省察されつつあるように思われます。実はこの点こそが、人文科学の持つ最も重要な機能、意義の一つであるのです。新しい世界でどう生きるべきかを考えるための新しい時代の人文科学を如何にして構築するか、人文科学研究所の課題は大きいと考えていますが、一方で現在の情報化された社会環境は、それを学術機関/アカデミアの外側の人たちと、様々な形で共創することを可能にもしています。
 古典の研究を通じて先人の叡智と経験を学び思索を深める、あるいは異なる文化世界の有り様を知って世界の中の自分の位置を確かめる。そのための資源・材料を提供し、様々な人々の豊かな生に寄与する。もちろん人文科学の役割・意義は個人的な事柄にだけ限定されるわけではないのですが、先の見えない現在の状況の中で、我々人文科学研究所がなすべき仕事の重要な部分がそこにあると、私は信じております。
 今後の人文科学研究所の活動と情報発信に是非ご注目ください。

所長 稲葉 穣
2021年 4月

稲葉穣所長写真