京都大学人文科学研究所

所長あいさつ

所長あいさつ

2023年4月より人文科学研究所長を務めることになりました岩城卓二です。1949年に発足した新制人文科学研究所の所長としては32代目となります。

人文科学研究所は「世界文化に関する人文科学の総合的研究」を目的に、毎年、30以上の共同研究班を実施しています。各共同研究班の活動は活発で、国内外の研究者が参加する研究会を年間10~20回程度開催し、その成果は学会で高く評価されてきました。所員の仕事はこの共同研究班を運営し、複数の研究班に参加することですが、大学院・学部教育にも積極的に関わり、少人数教育科目群ILASセミナーにはたくさんの授業を提供しています。また人文研アカデミーでは毎年10以上の公開講座、講演会、シンポジウムを開催し、一般の方々に最新の研究成果を発信してきました。研究者だけの世界に閉じこもっているわけではなく、次世代を担う若手研究者の育成につながる専門教育に加えて、文系・理系を問わず履修できる新入生向け授業や市民向けのイベントにも積極的に取り組んでいます。それは「情報爆発」といわれる現代社会を生きる私たちには冷静に、そして俯瞰的に事象をみる眼が必要であり、歴史、哲学、文学等々、人文学の知はそれにつながる生きるための基礎体力だと考えるからです。

人文学はいま直面する課題の解決策を直接提示する学問ではなく、いま、これからを生きていくうえでの指針を、諸民族、諸地域の経験、先人の著作などから考え、社会に発信していく学問です。多数が左に向かおうとしているとき、右の選択肢はないのかを、立ち止まって長い時間軸で考え、社会で起きている諸事象を批判的に捉えることが多い人文学は、物事を瞬時に決め、行動することが求められる現代社会においては煙たがられ、無用と言われ、趣味の学問という烙印を押されることもあります。「人文学不要論」も人文学全般というよりも、「批判的に物言う」人文学に対して向けられているのかもしれません。しかし社会には、さまざまな選択肢や新しいものの見方を発見し、その可能性だけでなく問題点にも目を向け、これから進むべき方向性を考えられる人が一定数、必要だと、私は考えています。

人文研アカデミーは、生きるための基礎体力の向上につながる知の発信に努めてきましたが、それも社会のひとつの見方、解釈でしかありません。参加者が受信した知を咀嚼し、再構成する契機になったとき、人文研アカデミーはその役割を果たしたといえます。そのためには開催方法やテーマ設定に一層の工夫、努力が求められるでしょう。

2023年度、附属研究施設である東アジア人文情報学研究センターは中国古典籍、近現代資料、情報発信の三つを事業の柱とする人文情報学創新センターに改組されます。これまでも漢籍担当職員講習会を開催し、漢籍整理に必要な知識の教授や研究成果の発信に努めてきましたが、新センターでは市民との協業を重視した活動に、より積極的に取り組んでいきます。近現代資料部門を例にすると、散逸の危機にある近現代、とくに日本をはじめ世界の転換期となった1950~70年代の資料を収集・整理して後世に残すだけでなく、その資料の作成者、その現場にいた人、同時代を生きた人たちと人文学者が語り合い、一般の方々の知と人文学者の知が融合する場をつくり出し、それをメタデータとして残し、発信していくという試みです。人文学者は現代社会の優れた観察者でなければいけませんが、市民との協業はその絶好の機会にもなり、知の融合は人文学の新しい方向性を生み出すことにつながると、私は考えています。

なぜ人文学は大学や社会に必要なのか。人文学者はその問いかけにしっかりと向き合い、その必要性を説明しなければなりません。これまで述べてきたことは私個人の考えですが、多くの所員は人文学や社会の現状に危機感を持っています。今後の人文科学研究所の活動に注目してください。

所長 岩城 卓二
2023年 4月

所長 岩城卓二

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